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コラム |
vol.2 |
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| ■東洋の魔女? |
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二番目はお隣の神秘の国、中国の代表「楊貴妃(715-756)」です。豊艶な美貌と才知の両刀で、中国随一の名君といわれた唐の時代の皇帝「玄宗」を腑抜けにした彼女です。兄の楊国忠は彼女の寵愛に便乗し宰相まで上り詰めました。
彼女の幼少の名は「玉環」。玄宗皇帝の第18皇子の「寿王瑁」の妃となりました。父の玄宗は寵愛していた「武恵妃」を失い、「玉環」に目をつけ宮中に迎えました。息子の嫁を横取りしたんです。 |
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| ■溺愛 |
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玄宗の息子の嫁であった「楊貴妃」。複雑な手続を介して自分のものにしたようです。一度道観(道教の寺)に入門させて女冠(道教の尼)として太真という名前を与えたそうです。権力とは恐ろしいです。しかしながら、彼女は美貌に加え才知に富み、音楽を解して舞いをよくしたので玄宗は本当に溺愛したそうです。というか、そのような女性なら世の中のほとんどの男性諸君がそうなるでしょう。
しかしながら、玄宗の腑抜け指数が上昇するに比例して政治的倦怠指数も深まっていったのです。 |
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| ■妹の七光り |
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楊貴妃が溺愛を受ける一方で、兄貴の楊国忠も政治的な場面に登場しました。財政面の官職に就き、専制的権力を振るっていた「李林甫」の死後「宰相」になりました。彼は狡智に長け、妹の寵愛を背景に権力を振るっていったそうです。
兄貴が権力をつければつけるほど、打倒「李林甫」で共同戦線を張り共に苦労してきた「安禄山」との確執が深まっていったのです。 |
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| ■縊死 |
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755年、安禄山はついに反乱をおこします。有名な「安禄山の乱」です。玄宗、楊貴妃、楊国忠らは避難のため、成都に向かう途中の馬嵬駅という村で、国の難を招いた罪で兄の楊国忠を斬り、さらに楊貴妃の処断を玄宗に要求。やむなく彼は楊貴妃を縊死させ成都に無事避難できました。
彼女は政治に口を出すような女性ではなかったのですが、亡国の危機に際して犠牲になったのです。 |
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| ■長恨歌 |
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| 白楽天(白居)は楊貴妃と玄宗のラブストーリーを「長恨歌」として詠った。その中から、「比翼連理」という言葉を・・・。751年の七夕の日、玄宗と彼女は驪山の離宮で遊宴したとき、離宮の長生殿で彼女は比翼連理の誓いを結んだといいます。「七月七日長生殿 夜半無人私語時 在天願作比翼鳥 在地願為連理枝 白楽天」と書いてます。天井では翼のくっついた2羽の鳥、地上では枝がくっついた2本の幹のように夫婦の深い契りを結んだということです。 |
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| ■鍾馗(しょうき) |
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| 玄宗が病床に伏した折に、夢枕に現れた鬼が楊貴妃の香袋と笛を盗もうとした。どこからともなくひげ面の大男がこの鬼たちを一掃してしまった。夢から覚めた玄宗は不思議にも病も治っていた・・・この大男こそ「鍾馗(しょうき)」であったといわれてます。 |
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| ■ゆかり |
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彼女の愛用したといわれるものも沢山あります。代表は「ライチ」。ライチリキュールを使用したカクテルで「楊貴妃」という名のカクテルがあるくらいです。このライチが国を滅ぼす要因になったとも言われております。好きにも限度があるような気はしますが・・・。次には「真珠」です。美貌を保つために服用していたとか・・・。クレオパトラもそうでしたよね。他にも「黒米の玄米」「ワイン」「鶏手羽」・・・。
楊貴妃の名前が使われている名所に京都東山にある「泉涌寺」に「楊貴妃観音菩薩」や、昨年話題の「新撰組」所縁の会津にも「楊貴妃桜」という桜があります。まだまだありますが、この辺で・・・ |
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